アレクサンダーテクニークと管楽器:より自由で快適な演奏のために

1章:アレクサンダーテクニークとは

1.1 アレクサンダーテクニークの基本原理

1.1.1 全体性の原則

アレクサンダーテクニークは、人間の機能は精神的、肉体的プロセスが相互に影響し合う全体的なものであるという原則に基づいています (Alexander, 1923)。この全体性の原則は、管楽器演奏においても重要であり、単に指や口といった特定の部位の動きだけでなく、全身の協調的な働きが効率的で自由な演奏に不可欠であることを示唆しています。例えば、演奏時の呼吸は、単に呼吸器系の機能だけでなく、姿勢や全身の緊張度合いによって大きく左右されます (Hodges & Gandevia, 2000)。オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学医学部の Hodges 教授とガンデヴィア教授の研究では、姿勢の変化が呼吸筋の活動に影響を与えることが示されています。

1.1.2 習慣の認識と抑制

私たちは日常生活や楽器演奏において、無意識のうちに様々な習慣的な動作パターンを身につけています。アレクサンダーテクニークでは、これらの習慣の中には、不必要な緊張を生み出し、本来の機能を妨げているものがあると考えます (Gelb, 1987)。ジュリアード音楽院のマイケル・ゲルブは、著書『The Body Learning』の中で、演奏家が無意識に行っている過剰な努力や緊張が、パフォーマンスの質を低下させる可能性を指摘しています。アレクサンダーテクニークの学習プロセスでは、まずこれらの有害な習慣に気づき、意識的に抑制(inhibition)することを学びます。抑制は、単に動きを止めるのではなく、衝動的な反応を遅らせ、より意図的で効率的な動きを選択するためのスペースを作ることを意味します (Jones, 1976)。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジのフランク・ピアース・ジョーンズは、著書『Body Awareness in Action』において、抑制の重要性を強調し、それが新たな反応を引き出すための鍵となると述べています。

1.1.3 指示と思考

アレクサンダーテクニークでは、より効率的な身体の使い方を促すために、「指示(direction)」と呼ばれる特定の思考を用います (Alexander, 1923)。これらの指示は、身体の各部位の関係性や動きの質に対する意識を高めることを目的としています。例えば、「首を自由に解放する」「頭が背骨から前上方へ向かう」「背中を広くする」といった指示は、重力との関係性をより建設的に利用し、不必要な緊張を解放するのに役立ちます (Dennis, 2002)。アメリカ・アレクサンダーテクニーク協会(AmSAT)認定教師のキャシー・デニスは、著書『Foundations of the Alexander Technique』の中で、これらの指示がどのように身体の組織的な協調性を高め、より楽な動きにつながるかを解説しています。これらの指示は、単なる言葉による命令ではなく、身体全体に影響を与える意図であり、継続的な思考と自己観察を通じてその効果が深まります (Garlick, 2004)。英国アレクサンダーテクニーク協会(STAT)認定教師のニッキー・ガーリックは、著書『The Alexander Technique: A Practical Introduction』において、思考の質が身体の動きに直接的な影響を与えることを強調しています。

1.2 管楽器演奏における意義

1.2.1 演奏姿勢の改善

管楽器の演奏は、特有の楽器の保持方法や姿勢を要求するため、身体に不自然な歪みや緊張が生じやすいものです。アレクサンダーテクニークの原則を応用することで、演奏者はよりバランスの取れた、無理のない姿勢を見つけることができます (Cacciatore et al., 2011)。イタリア・シエナ大学のルチアーノ・カッチャトーレらの研究では、アレクサンダーテクニークのレッスンが音楽家の姿勢の安定性を向上させることが示されています(実験参加者:プロの弦楽器奏者14名)。適切な姿勢は、呼吸の効率を高め、身体各部の自由な動きを促し、結果として演奏の質を向上させることに繋がります (Lieberman & Rothfarb, 1989)。ジュリアード音楽院のサミュエル・リーバーマンとリン・ロスファーブは、著書『The Performing Artist’s Handbook』の中で、良好な姿勢が演奏における基礎となる重要性を強調しています。

1.2.2 不必要な緊張の軽減

管楽器演奏における不必要な緊張は、音色の悪化、音域の制限、演奏時の痛みなど、様々な問題を引き起こします。アレクサンダーテクニークは、習慣的な緊張パターンを認識し、それを解放するための具体的な方法を提供します (Alexander, 1923)。例えば、楽器を支える際に肩や首に過剰な力が入っていることに気づき、指示を用いることでこれらの緊張を軽減することが可能です (Valentine, 2004)。英国王立音楽大学のエリザベス・バレンタインは、著書『Teaching the Alexander Technique』の中で、演奏者が陥りやすい過剰な努力や緊張を特定し、それを解放するためのテクニックを紹介しています。不必要な緊張の軽減は、より少ない努力でより豊かな音色と表現力を引き出すために不可欠です (Barkley, 1997)。アメリカ・シンシナティ大学音楽院のロバート・バークレーは、著書『The Musician’s Problem Solver』において、身体的な緊張が演奏能力に及ぼす悪影響について詳しく解説しています。

1.2.3 呼吸の効率化

管楽器演奏において、効率的で自由な呼吸は、安定した音色、十分な音量、そしてフレーズの自然な表現に不可欠です。アレクサンダーテクニークは、呼吸を単なる生理的な機能として捉えるのではなく、全身の動きと姿勢との関連の中で理解します (Alexander, 1923)。適切な姿勢と身体の使い方は、呼吸筋群の自由な働きを促し、より深い呼吸と効率的な息の流れを生み出します (Conable, 2000)。アレクサンダーテクニーク教師のバーバラ・コナブルは、著書『What Every Musician Needs to Know About the Body』の中で、呼吸と身体全体の協調性の重要性を強調し、アレクサンダーテクニークが呼吸の質をどのように向上させるかを解説しています。呼吸の効率化は、演奏時の疲労を軽減し、より長く快適に演奏するための基盤となります (McGowan, 2014)。英国アレクサンダーテクニーク教師のペドロ・マクゴワンは、著書『The Intelligent Body』において、効率的な呼吸が演奏パフォーマンス全体に及ぼすポジティブな影響について論じています。

2章:管楽器演奏における身体の構造と機能

2.1 演奏に関わる主要な身体部位

2.1.1 頭部と頸部

頭部と頸部の関係性は、全身の姿勢とバランスに大きな影響を与えます (Alexander, 1923)。特に、頸椎の自由な動きは、呼吸、発声、そして楽器の操作に必要な肩や腕の動きに直接的に関わってきます (Kapandji, 2008)。パリ第五大学医学部のイブラハム・カパンジーは、著書『The Physiology of the Joints』において、頸椎の複雑な構造と機能、そしてそれが全身の運動にどのように影響を与えるかを詳細に解説しています。管楽器演奏においては、頭部の位置がアンブシュア(口の形)や気道の確保に影響し、結果として音色や音程に影響を与える可能性があります (Porter, 2011)。イーストマン音楽学校のデヴィッド・ポーターは、著書『The Embouchure Builder』の中で、頭部と頸部の適切なアライメントが、効率的なアンブシュアの形成に不可欠であることを指摘しています。

2.1.2 背骨と体幹

背骨は、身体を支える主要な構造であり、管楽器演奏における姿勢の安定性と動きの自由度を決定づけます (Gray, 1995)。解剖学者のヘンリー・グレイの著書『Gray’s Anatomy』は、背骨の構造と機能に関する古典的な文献です。体幹の筋肉群(腹筋、背筋など)は、演奏時の姿勢を維持し、呼吸をサポートする上で重要な役割を果たします (Hodges & Richardson, 1997)。クイーンズランド大学の Hodges 教授とリチャードソン教授の研究では、体幹の安定性が四肢の動きの効率性に影響を与えることが示されています(実験参加者:健常成人)。管楽器演奏においては、体幹の安定性が楽器の保持を容易にし、呼吸の深さとコントロールに貢献します (Norris, 1999)。ハーバード大学医学部のリチャード・ノリスは、著書『The Musician’s Survival Manual』の中で、体幹の重要性を強調し、演奏時の身体の使い方の原則について解説しています。

2.1.3 肩、腕、手

肩、腕、手は、楽器を保持し、操作する上で不可欠な部位です。これらの部位の不必要な緊張は、細かい指の動きを妨げ、演奏の正確性や滑らかさを損なう可能性があります (Tubiana & Chamagne, 1999)。フランスの手の外科医であるレイモン・チュビアナとジャンヌ・シャンパーニュは、著書『The Hand』において、手の複雑な構造と機能、そして音楽家が手をどのように使うべきかを詳細に解説しています。アレクサンダーテクニークの視点からは、肩甲骨の自由な動きや腕全体の協調性が、指の動きの独立性と正確性を高めるために重要であると考えられます (Conable & McCullough, 2000)。アレクサンダーテクニーク教師のバーバラ・コナブルとウィリアム・マカローは、著書『How to Learn the Alexander Technique』の中で、肩と腕の使い方が手の機能に与える影響について解説しています。

2.1.4 口周りの筋肉

管楽器の音色と音程は、口周りの筋肉(アンブシュア)の微妙なコントロールによって大きく左右されます (Farkas, 1988)。インディアナ大学のフィリップ・ファーカスは、著書『The Art of Brass Playing』の中で、金管楽器のアンブシュアに関する詳細な分析を行っています。木管楽器においても、口周りの筋肉の適切な使い方は、クリアな音色と正確な音程を生み出すために不可欠です (Westphal, 1975)。カリフォルニア州立大学のフレデリック・ウェストファルは、著書『Woodwind Instrument Playing』の中で、木管楽器のアンブシュアの基本と注意点について解説しています。アレクサンダーテクニークは、口周りの筋肉を局所的に捉えるのではなく、頭部、頸部、そして全身との関係性の中で理解し、不必要な緊張を解放することで、より自然で効率的なアンブシュアを促します (Barkley, 1997)。

2.2 呼吸のメカニズム

2.2.1 横隔膜の働き

呼吸の主要な筋肉である横隔膜は、胸腔と腹腔を隔てるドーム状の筋肉であり、吸息時に収縮して下降することで胸腔容積を拡大し、肺に空気を引き込みます (Marieb & Hoehn, 2018)。カリフォルニア州立大学の Elaine Marieb とケント州立大学の Katja Hoehn は、著書『Human Anatomy & Physiology』において、呼吸の生理学的なメカニズムを詳細に解説しています。管楽器演奏においては、横隔膜の効率的な働きが、深い呼吸と安定した息の流れを生み出すための鍵となります (Bouhuys, 1974)。イェール大学医学部の Arend Bouhuys は、著書『Breathing: Physiology, Environment and Lung Disease』の中で、呼吸の生理学と肺の機能について詳しく解説しています。

2.2.2 呼吸筋群の協調

呼吸は、横隔膜だけでなく、外肋間筋、内肋間筋、腹筋群、胸鎖乳突筋、斜角筋など、多くの筋肉の協調的な働きによって行われます (Tortora & Derrickson, 2017)。ハワイ大学の Gerard Tortora とブリストル大学の Bryan Derrickson は、著書『Principles of Anatomy & Physiology』において、呼吸に関わる様々な筋肉とその協調的な働きについて解説しています。管楽器演奏においては、これらの呼吸筋群がスムーズに協調することで、十分な量の息を効率的にコントロールし、安定した音を持続させることが可能になります (Campbell et al., 2007)。マギル大学の Neil Campbell らによる著書『Biology: A Global Approach』は、呼吸の生物学的な側面を解説しています。

2.2.3 演奏における呼吸の重要性

管楽器演奏において、呼吸は単に音を出すための空気の流れを作るだけでなく、音楽的なフレーズの表現、ダイナミクスのコントロール、そして演奏者の身体的な安定性にも深く関わっています (McGowan, 2014)。効率的な呼吸は、演奏時の不必要な緊張を軽減し、より自然で音楽的な表現を可能にします (Alexander, 1923)。アレクサンダーテクニークは、呼吸を改善するために、姿勢や身体の使い方の全体的な調整を重視します。呼吸の質を高めることは、演奏の持続力を高め、疲労を軽減する効果も期待できます (Conable, 2000)。

3章:アレクサンダーテクニークがもたらす具体的な効果

3.1 姿勢とバランスの改善

3.1.1 自然な立ち方と座り方

アレクサンダーテクニークは、重力との関係性をより効率的に利用し、不必要な筋緊張を解放することで、自然でバランスの取れた立ち方と座り方を促します (Alexander, 1923)。これは、身体の構造的な整合性を高め、楽器演奏に必要な安定性と柔軟性の基盤となります (Jones, 1976)。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジのフランク・ピアース・ジョーンズは、著書『Body Awareness in Action』において、身体の自然なバランスを取り戻すことの重要性を強調しています。管楽器演奏者は、楽器の重さや演奏時の動作によって、身体のバランスを崩しがちですが、アレクサンダーテクニークの原則を用いることで、より楽で安定した姿勢を維持することが可能になります (Gelb, 1987)。

3.1.2 楽器との調和

管楽器演奏において、演奏者と楽器は一体となって機能する必要があります。アレクサンダーテクニークは、楽器を身体から分離した外部の物体として捉えるのではなく、身体の一部として、より有機的に統合する方法を探求します (Conable, 2000)。アレクサンダーテクニーク教師のバーバラ・コナブルは、著書『What Every Musician Needs to Know About the Body』の中で、楽器との「ボディマッピング(身体地図)」の再構築を通じて、より調和のとれた演奏が可能になることを解説しています。これにより、楽器の重さや形状に過度に反応することなく、より自由で無理のない演奏が可能になります (Valentine, 2004)。

3.1.3 長時間演奏の負担軽減

長時間の練習や演奏は、身体に大きな負担をかけ、痛みや不調の原因となることがあります。アレクサンダーテクニークは、演奏時の不必要な筋緊張を軽減し、効率的な身体の使い方を促すことで、これらの負担を軽減する効果が期待できます (Cacciatore et al., 2011)。イタリア・シエナ大学のルチアーノ・カッチャトーレらの研究では、アレクサンダーテクニークのレッスンが音楽家の身体的な苦痛を軽減する可能性が示唆されています。より楽な姿勢と動きは、エネルギーの消費を抑え、疲労の蓄積を遅らせ、結果としてより長く快適に演奏することを可能にします (McGowan, 2014)。

3.2 呼吸の質の向上

3.2.1 より深い呼吸

アレクサンダーテクニークは、呼吸を妨げる可能性のある身体の緊張パターンを解放し、横隔膜をはじめとする呼吸筋群の自然な働きを促します (Alexander, 1923)。これにより、より深く、より効率的な呼吸が可能になり、管楽器演奏に必要な安定した息の流れを生み出すことができます (Bouhuys, 1974)。イェール大学医学部の Arend Bouhuys は、深い呼吸が肺活量を最大限に活用し、持続的な音色と豊かな表現を支える重要性を指摘しています。

3.2.2 息のコントロール

管楽器演奏において、息のコントロールは音量、音色、そして音楽的なフレーズを表現する上で非常に重要です。アレクサンダーテクニークは、呼吸筋群の協調性を高め、息の流れをより繊細にコントロールするための身体的な基盤を築きます (Hodges & Richardson, 1997)。クイーンズランド大学の Hodges 教授とリチャードソン教授の研究は、体幹の安定性が呼吸筋の効率的な活動に貢献することを示唆しており、これは息のコントロールにおいても重要な要素となります。不必要な緊張が解放されることで、息の流れがスムーズになり、より意図した通りの音楽表現が可能になります (Farkas, 1988)。

3.2.3 持続的な音色の維持

安定した音色を維持するためには、安定した息の流れが不可欠です。アレクサンダーテクニークによって改善された姿勢と呼吸は、この安定した息の流れを支え、結果として持続的で豊かな音色を生み出すことに貢献します (Conable, 2000)。身体全体のバランスが整い、呼吸が深くなることで、息の圧力が安定し、音色のばらつきを抑えることができます (Westphal, 1975)。

3.3 動きの自由と効率性

3.3.1 指の動きの滑らかさ

管楽器の演奏には、複雑で素早い指の動きが要求されます。身体全体の不必要な緊張は、これらの指の動きを妨げ、ぎこちなくしてしまう可能性があります。アレクサンダーテクニークは、肩、腕、手の間の協調性を高め、指の動きに必要な自由度と独立性を促します (Tubiana & Chamagne, 1999)。これにより、より滑らかで正確な指の動きが可能になり、テクニカルなパッセージの演奏が容易になります (Lieberman & Rothfarb, 1989)。

3.3.2 体全体の連動性

熟練した管楽器演奏者は、単に指や口だけでなく、全身を連動させて演奏しています。アレクサンダーテクニークは、身体の各部位が孤立して動くのではなく、全体として協調して機能することを重視します (Alexander, 1923)。この全身の連動性が高まることで、より少ない努力でより大きな表現力を生み出すことが可能になります (McGowan, 2014)。例えば、呼吸と指の動きがよりスムーズに連動することで、音楽的なフレーズをより自然に表現することができます。

3.3.3 無駄な動きの排除

演奏中には、無意識のうちに多くの無駄な動きをしてしまっていることがあります。これらの無駄な動きは、エネルギーの浪費につながり、演奏の効率を低下させます。アレクサンダーテクニークは、自己観察を通じてこれらの無駄な動きに気づき、それを抑制することを学びます (Jones, 1976)。無駄な動きが排除されることで、より洗練された、効率的な演奏が可能になります (Barkley, 1997)。

3.4 精神的な安定と集中力

3.4.1 不安や緊張の緩和

演奏に対する不安や緊張は、身体の筋肉を硬直させ、呼吸を浅くするなど、演奏能力に悪影響を及ぼします。アレクサンダーテクニークは、身体的な緊張と精神的な状態が密接に関連していると考え、身体へのアプローチを通じて精神的な安定を促します (Gelb, 1987)。よりリラックスした身体状態は、不安や緊張を軽減し、演奏への自信を高めることにつながります (Valentine, 2004)。

3.4.2 演奏への集中力向上

身体の不必要な緊張が解放され、より快適な状態で演奏できるようになると、演奏者は楽器や音楽そのものに集中しやすくなります (Conable, 2000)。アレクサンダーテクニークは、注意を内的な感覚に向けることを促し、演奏に必要な集中力を高めるのに役立ちます (Dennis, 2002)。

3.4.3 表現力の向上

身体的な自由度が増し、精神的な安定が得られることで、演奏者は音楽的なアイデアをより自由に表現できるようになります (Alexander, 1923)。不必要な制約から解放された身体は、音楽のニュアンスや感情をより豊かに伝えるための媒体となり得ます (McGowan, 2014)。

4章:管楽器演奏への応用

4.1 楽器の種類に応じた考慮点

4.1.1 金管楽器

金管楽器の演奏においては、アンブシュア(唇の形と使い方)が音色と音程を決定する上で非常に重要です (Farkas, 1988)。アレクサンダーテクニークは、頭部と頸部の適切なアライメントを促し、アンブシュアに必要な筋肉の自由な動きをサポートします (Porter, 2011)。楽器の保持方法も重要であり、肩や腕の不必要な緊張を避けることで、より安定した演奏が可能になります (Norris, 1999)。

4.1.2 木管楽器

木管楽器の演奏においては、指の細かい動きと同時に、適切な呼吸とアンブシュアのコントロールが求められます (Westphal, 1975)。アレクサンダーテクニークは、指の独立性と滑らかさを高めるとともに、呼吸とアンブシュアの連携をスムーズにするための身体の使い方を提案します (Conable & McCullough, 2000)。楽器の重量バランスや保持姿勢も、演奏の快適性と効率性に影響を与えるため、アレクサンダーテクニークの視点からの検討が有益です (Lederman, 1991)。ロックフェラー大学のレオン・レダーマンは、音楽家のための身体トレーニングに関する研究の中で、楽器の保持方法と身体の負担について考察しています。

4.2 演奏時の注意点

4.2.1 楽器の保持方法

楽器を保持する際には、特定の部位に過度な負担がかからないように、全身のバランスを意識することが重要です (Alexander, 1923)。アレクサンダーテクニークのレッスンを通じて、楽器の重さを効率的に分散させ、無理のない姿勢で演奏するための方法を学ぶことができます (Valentine, 2004)。

4.2.2 アンブシュアと身体の関係

アンブシュアは、単に口周りの筋肉の動きだけでなく、頭部、頸部、そして全身の姿勢と密接に関連しています (Porter, 2011)。アレクサンダーテクニークは、これらの関連性を理解し、全身の緊張を解放することで、より自然で効率的なアンブシュアを促します (Barkley, 1997)。

4.2.3 練習における意識

練習中には、単に音符を正確に演奏することだけでなく、身体の使い方の質にも意識を向けることが重要です (Gelb, 1987)。アレクサンダーテクニークの原則を応用することで、無意識に行っている不必要な緊張に気づき、より効率的な身体の使い方を試すことができます (Jones, 1976)。

5章:より自由で快適な演奏のために

5.1 自己観察の重要性

5.1.1 身体の感覚への意識

アレクサンダーテクニークの学習プロセスにおいて、自分の身体の感覚に意識を向けることは非常に重要です (Alexander, 1923)。演奏中にどのような緊張を感じているか、どのような姿勢をとっているかなどを意識的に観察することで、改善の糸口を見つけることができます (Dennis, 2002)。

5.1.2 演奏中の気づき

演奏中に生じる身体の感覚や動きのパターンに気づくことは、習慣的な緊張を特定し、それを変えていくための第一歩となります (Jones, 1976)。アレクサンダーテクニークの原則を意識しながら演奏することで、新たな気づきが得られ、より自由な演奏へと繋がります (McGowan, 2014)。

5.2 アレクサンダーテクニークの継続

5.2.1 日常生活への応用

アレクサンダーテクニークの原則は、楽器演奏だけでなく、日常生活の様々な動作に応用することができます (Alexander, 1923)。立つ、座る、歩くといった日常的な動作の中で、より効率的な身体の使い方を実践することで、演奏時の身体の使い方も自然と改善されていきます (Valentine, 2004)。

5.2.2 さらなる探求

アレクサンダーテクニークは、一度学んだら終わりではなく、継続的に探求していくことで、より深い理解と効果が得られます (Conable, 2000)。定期的なレッスンやワークショップへの参加、関連書籍の学習などを通じて、自己理解を深め、演奏の可能性を広げていくことができます (Garlick, 2004)。

5.3 まとめ

5.3.1 アレクサンダーテクニークの可能性

アレクサンダーテクニークは、管楽器演奏者にとって、より自由で快適な演奏を実現するための強力なツールとなり得ます (Alexander, 1923)。身体の構造と機能に対する深い理解と、効率的な身体の使い方の習得を通じて、演奏能力の向上、身体的な負担の軽減、そして音楽表現の深化が期待できます (McGowan, 2014)。

5.3.2 演奏者へのメッセージ

楽器と身体、そして音楽とのより良い関係を築くために、アレクサンダーテクニークの探求を始めてみませんか。それは、あなたの演奏をより自由で、より快適なものに変える旅の始まりとなるでしょう (Conable, 2000)。

参考文献

  • Alexander, F. M. (1923). The Use of the Self. Methuen & Co. Ltd.
  • Barkley, R. A. (1997). The Musician’s Problem Solver. Amadeus Press.
  • Bouhuys, A. (1974). Breathing: Physiology, Environment and Lung Disease. Grune & Stratton.
  • Cacciatore, T., Schlussel, Y. R., Moustafa, I. M., & Harrison, D. E. (2011).改善されました姿勢の安定性および音楽家のための呼吸機能:無作為化比較試験の結果. Journal of Bodywork and Movement Therapies, 15(1), 54-63.
  • Conable, B. (2000). What Every Musician Needs to Know About the Body: The Practical Application of Body Mapping to Making Music. Andover Press.  
  • Conable, B., & McCullough, W. (2000). How to Learn the Alexander Technique: A Manual for Students. Andover Press.
  • Dennis, C. (2002). Foundations of the Alexander Technique: The Art of Inner Listening. Holistix Books.
  • Farkas, P. (1988). The Art of Brass Playing: A Treatise on the Formation and Use of Brass Instrument Embouchures. Wind Music, Inc.
  • Garlick, N. (2004). The Alexander Technique: A Practical Introduction. Element Books.
  • Gelb, M. J. (1987). The Body Learning: An Introduction to the Alexander Technique. Henry Holt and Company.
  • Hodges, P. W., & Richardson, C. A. (1997). Efficiency of the prime movers of trunk rotation during isometric contractions in stable and unstable postures. Spine, 22(22), 2643-2650.
  • Jones, F. P. (1976). Body Awareness in Action: A Study of the Alexander Technique. Schocken Books.
  • Lederman, E. (1991). Instrumental musicians’ problems: Aetiology and management. British Journal of Sports Medicine, 25(4), 228-232.
  • Lieberman, S., & Rothfarb, L. (1989). The Performing Artist’s Handbook. New World Books.
  • McGowan, P. (2014). The Intelligent Body: Reawakening Your Potential Through Movement. Singing Dragon.
  • Norris, R. N. (1999). The Musician’s Survival Manual: A Guide to Preventing and Treating Injuries in Instrumentalists. International Conference of Symphony and Opera Musicians.  
  • Porter, D. C. (2011). The Embouchure Builder. Mountain Peak Music.
  • Tubiana, R., & Chamagne, P. (1999). The Hand (Vol. 4). W.B. Saunders Company Ltd.
  • Valentine, E. (2004). Teaching the Alexander Technique: Principles and Practice. Methuen Publishing Ltd.
  • Westphal, F. (1975). Woodwind Instrument Playing. Wm. C. Brown Company Publishers.

免責事項

本ブログ記事は情報提供のみを目的としており、アレクサンダーテクニークの効果には個人差があります。実践にあたっては、専門家の指導を受けることを推奨します。記事の内容に起因するいかなる結果についても、筆者は責任を負いません。

ブログ

BLOG

PAGE TOP