歌うとき、身体に力が入っていませんか?|頑張るほど歌いにくくなる理由を身体の使い方から考える
歌うとき、喉に力が入ってしまう。
高い声を出そうとすると、首や肩まで固くなる。
大きな声を出そうとすると、身体全体に力が入る。
本番になると、普段より声が出しにくくなる。
そんな経験はありませんか?
「もっとお腹から声を出さなきゃ」
「喉を開かなきゃ」
「身体をしっかり支えなきゃ」
「高音だから、もっと頑張らなきゃ」
歌を上達させようとすると、さまざまな発声方法を学ぶことになります。
もちろん、発声の技術を学ぶことは大切です。
ただ、技術を頑張って身につけようとする過程で、本来必要な動きに加えて、余計な力まで使っていないでしょうか?
歌声は、声帯だけで作られているわけではありません。
呼吸、声帯、喉頭周辺、口や舌など、さまざまな身体の働きが協調して声を生み出しています。歌唱時には、健康な歌手でも声の限界付近で喉頭周辺の緊張が一時的に見られることが報告されています。
つまり、歌うときにある程度の筋活動が起こること自体は自然なことです。
大切なのは、
「力が入っているか、いないか」だけではなく、「必要以上に力を入れていないか」
という視点です。
この記事では、歌うときの身体の使い方を観察しながら、頑張るほど歌いにくくなってしまうときに、何が起きているのかを考えていきます。
第1章 なぜ歌うとき、身体に力が入るの?
まずは、歌うときに身体が力む理由から考えてみましょう。
1.1 「いい声を出そう」とすると身体は準備を始める
歌う前に、
「よし、歌おう」
と思った瞬間、身体は準備を始めます。
息を吸う。
身体を支える。
口を開く。
声帯を働かせる。
音程を取る。
歌詞を思い出す。
こうしたことが同時に起こります。
これは自然なことです。
しかし、
「ちゃんと歌わなきゃ」
「失敗したくない」
「きれいな声を出したい」
という意識が強くなると、必要以上に身体を準備してしまうことがあります。
肩を固める。
首を固定する。
胸を張る。
お腹を強く固める。
喉を意識的に操作する。
こうしたことが重なると、歌うことそのものよりも、**「歌うために身体を作ること」**に力を使ってしまうかもしれません。
1.2 「高音だから、もっと頑張らなきゃ」と思っていませんか?
特に高音になると、
「ここは難しい」
「しっかり支えなきゃ」
「もっと力を入れなきゃ」
と考えやすくなります。
すると、音程や声量を出そうとする努力と一緒に、首や肩、顎などまで固まることがあります。
もちろん、高音には適切な声帯の働きや呼気、共鳴などが必要です。
だからといって、
「高音=身体全体に力を入れる」
ということではありません。
高音になった瞬間、自分の身体が何をしているのか。
そこを観察することができます。
第2章 歌うための「力」と、余計な「力」は違う
歌うには身体の働きが必要です。
だから、「力を抜けばいい」という単純な話ではありません。
2.1 身体の力を全部抜く必要はない
歌うためには呼吸する必要があります。
声帯も働きます。
口や舌も動きます。
姿勢を保つための筋肉も働いています。
つまり、歌うことは身体を使う活動です。
「全部リラックスしなければ」
と考える必要はありません。
むしろ、
必要な働きまで止めようとすると、かえって歌いにくくなる可能性があります。
大切なのは、
「力があるか、ないか」
ではなく、
「今の活動に必要な働き以上に、何かを頑張っていないか」
という視点です。
2.2 「支える」と「固める」は同じではない
歌では「身体を支える」という表現がよく使われます。
これは歌ううえで重要な感覚の一つでしょう。
ただ、
「しっかり支えなきゃ」
と考えてお腹や胸、肩などを強く固定してしまうと、
支えることと固めることが同じになってしまう
ことがあります。
身体は本来、呼吸しながら動いています。
歌っている最中も、身体のさまざまな部分が微細に変化しています。
だからこそ、
「支えるために、私はどこを固定している?」
と観察してみることができます。
第3章 歌うときの力みは、声にどんな影響を与える?
歌うときの筋緊張については、声の研究でも扱われています。
3.1 歌手でも喉周辺の緊張が問題になることがある
筋緊張性発声障害(Muscle Tension Dysphonia:MTD)は、喉頭周辺の過剰な筋緊張が声の問題に関係する状態です。
原因は一つではなく、発声の使い方、声の酷使、心理的要因、別の声の問題に対する代償など、複数の要因が関係すると考えられています。
また、歌手を対象とした研究では、MTDと診断された歌手に対する音声療法によって、声の評価や歌唱時の声域などに改善が見られた研究もあります。
ただし、ここから
「歌うときに力が入る=MTD」
と考えることはできません。
歌うときに多少の筋活動が起こるのは当然です。
問題は、必要以上の緊張が声の負担や発声のしづらさにつながっている場合があるということです。
3.2 「頑張っている感覚」と「声の負担」は別に考える
歌うとき、
「頑張っているから、いい声が出ている」
と感じることがあります。
逆に、
「力を抜いたら声が弱くなりそう」
と不安になることもあります。
ここで面白いのは、
身体に力が入っている感覚と、実際の声の状態は必ずしも同じではない
ということです。
2024年の研究では、筋緊張性発声障害のある人とない人を対象に、発声時の「努力感」と生理・音響的な特徴が調べられています。声の努力感は、喉の状態や声の出し方と関連しているものの、単純に「力が入っている=声が悪い」と一つの指標だけで説明できるものではありません。
だからこそ、自分の感覚を手がかりにしながらも、
「力が入ったからダメ」
と決めつける必要はありません。
第4章 「喉を開こう」と頑張っていませんか?
歌を習っていると、
「喉を開いて」
と言われることがあります。
4.1 「喉を開く」を身体の形にしようとする
「喉を開こう」
と思ったとき、
喉を広げる。
顎を下げる。
舌を下げる。
胸を張る。
肩を下げる。
そんなふうに身体を操作していないでしょうか?
「喉を開く」という言葉が、自分の中で「作るべき身体の形」になっていることがあります。
でも、歌うたびにその形を頑張って作る必要があるとは限りません。
4.2 「喉を開く」ことより、何をしているかを見る
そこで、
「喉を開かなきゃ」
ではなく、
「私は歌おうとして、身体に何をしている?」
と考えてみます。
肩を上げている?
首を固定している?
顎を押し下げている?
息を止めている?
お腹を固めている?
もちろん、これらを見つけても、すぐに直す必要はありません。
まず気づく。
それだけでも、いつもの歌い方を別の角度から見ることができます。
第5章 高音を出すとき、身体はどうなっていますか?
今回、ぜひ試してほしい観察です。
5.1 まず、楽な音域で歌ってみる
まず、自分にとって比較的楽な音域で、短いフレーズを歌います。
そして、
「歌う前に身体はどうなっている?」
と観察します。
肩は?
首は?
顎は?
胸は?
お腹は?
呼吸は?
特に何も変化がないかもしれません。
それで大丈夫です。
5.2 少し高い音を歌ってみる
次に、少し高い音を含むフレーズを歌ってみます。
そのとき、
「高い音を出さなきゃ」
と思った瞬間に、身体のどこが変わるでしょうか?
肩が上がる。
首が固くなる。
顎に力が入る。
身体を上に引き上げるような感覚が出る。
お腹を強く固める。
あるいは、特に何も変わらない。
どれでも構いません。
5.3 高音を「もっと頑張って出す」のではなく観察する
もし高音で力みが増えていたとしても、
「力を抜かなきゃ!」
とすぐに修正しなくて大丈夫です。
むしろ、
「高音になると、自分はこういう準備をするんだ」
と知ってみます。
これが今回の観察のポイントです。
歌うことを改善しようとする前に、
自分が歌うときに何をしているのかを知る。
そこから始めます。
第6章 歌うとき、身体全体を使っていることに気づく
歌声に悩みがあると、「喉」だけに意識が集中しやすくなります。
6.1 声は喉だけで歌っているわけではない
歌うときには、
呼吸する。
立つ。
身体を動かす。
口を動かす。
舌を動かす。
音程を調整する。
歌詞を思い出す。
音楽を聴く。
そして声を出す。
こうしたことが同時に起こっています。
だから、
「喉をどうするか」だけで歌声を考える必要はありません。
身体全体の使い方を見ることができます。
6.2 歌う前から身体を固めていない?
特に見てほしいのが、歌い始める前です。
「さあ、歌うぞ」
と思った瞬間、
身体を固めていませんか?
大きく息を吸う。
胸を張る。
お腹を固める。
肩を下げる。
顎を引く。
喉を開く。
このような準備をたくさんしてから歌っているかもしれません。
もちろん、これらの動作のすべてが問題というわけではありません。
ただ、
「歌う前に、すでに身体が疲れていないかな?」
と観察してみる価値はあります。
6.3 「歌うための自分」を作りすぎない
歌うことが上手くなりたいほど、
「歌うときはこういう身体」
という理想の形を作りたくなります。
でも、理想の形を維持すること自体が、新しい緊張になることもあります。
「正しい歌い方を作る」だけではなく、
「自分は何をしながら歌っているのか」
を学んでいく。
この視点は、アレクサンダーテクニークともつながっています。
第7章 アレクサンダーテクニークから考える「歌う身体」
では、アレクサンダーテクニークでは、歌うことをどのように考えるのでしょうか。
7.1 「いい声を作る」前に、自分の使い方を見る
アレクサンダーテクニークでは、
「こうすれば良い声が出る」
という一つの身体の形を覚えることだけを目的にはしません。
歌うという活動の中で、
「私は何をしている?」
と見ていきます。
高音になると何をする?
大きな声を出すとき何をする?
失敗したくないとき何をする?
本番になると何をする?
こうした自分の習慣を観察します。
7.2 「力を抜く」のではなく、余計な力みに気づく
ここは、これまでの記事ともつながる重要なところです。
「歌うときはリラックスしなきゃ」
と考える。
すると今度は、
「肩を下げる」
「喉を緩める」
「顎の力を抜く」
と頑張る。
これでは、「力を抜く」という新しい仕事を身体に与えることになります。
そうではなく、
「私は今、どこに余計な力を使っている?」
と気づく。
そして、その気づきを持ったまま歌ってみる。
それだけでも、自分の歌い方を観察することができます。
7.3 歌声だけでなく、「歌っている自分」を見る
アレクサンダーテクニークの面白いところは、
「歌声をどう変えるか」
だけではなく、
「歌っている自分全体を見る」
ところにあります。
声。
呼吸。
姿勢。
動き。
注意。
音楽。
周囲との関係。
こうしたものを切り離さずに見ていきます。
音楽家を対象としたアレクサンダーテクニークの系統的レビューでは、演奏、不安、呼吸、姿勢、身体の使い方などが研究されています。ただし、音楽パフォーマンスや呼吸、姿勢についての効果については、当時の研究では結論が十分ではなく、より質の高い研究が必要とされています。
そのため、
「アレクサンダーテクニークをすれば歌が必ず上手くなる」
という話ではありません。
むしろ、
歌っている自分の身体の使い方を学ぶための一つの方法
と考えるのが適切です。
第8章 歌うときの身体を、その場で観察してみよう
ここまで読んできたら、もう一度実際に試してみましょう。
8.1 楽な声で短く歌ってみる
まず、自分にとって楽な音域で、短いフレーズを歌います。
歌い終わったら、
「どこが動いた?」
と身体を観察します。
首。
肩。
顎。
胸。
お腹。
背中。
足。
どこに意識が向いていたでしょうか?
8.2 少し高い音を歌ってみる
次に、少し高い音を含むフレーズを歌ってみます。
そして、
「高い音だから頑張ろう」
と思った瞬間に、自分の身体を観察します。
肩が上がった?
首が固くなった?
顎が動かなくなった?
息を止めた?
身体を上に伸ばそうとした?
あるいは、何も変わらなかった?
どんな結果でも構いません。
8.3 「直さない」で、もう一度歌ってみる
最後に、
「さっきの身体を直さなきゃ」
とは考えず、もう一度歌ってみます。
ただ、
「身体全体がどうなっているかな」
と少しだけ注意を向けておきます。
そして、最初と何か違いがあるか観察します。
声が変わったかもしれません。
何も変わらないかもしれません。
むしろ歌いにくく感じるかもしれません。
どれでも大丈夫です。
今回の目的は、歌声をその場で改善することではありません。
「歌うときの自分を観察する」ことです。
第9章 まとめ|頑張るほど、歌いやすくなるとは限らない
歌うときに身体に力が入る。
そんなとき、
「もっと頑張らなきゃ」
と考えるのは自然なことです。
高音ならもっと支える。
大きな声ならもっと息を出す。
本番ならもっと身体を固める。
でも、頑張ることによって、必要以上の緊張まで加わっている可能性があります。
大切なのは、
「力を抜くこと」ではありません。
そして、
「身体を完全にリラックスさせること」でもありません。
まずは、
「私は歌うとき、身体をどう使っている?」
と気づくこと。
高音になるとどうなる?
大きな声を出すとどうなる?
本番ではどうなる?
歌う前から何をしている?
そんなふうに、自分の身体を観察してみます。
歌うことには、身体のさまざまな働きが必要です。
だからこそ、
必要な働きと、必要以上の頑張りを少しずつ区別していく。
その視点から、自分の歌い方を見直してみることができます。
もし、
「高音になると喉が苦しくなる」
「歌うと首や肩が固まる」
「大きな声を出そうとすると身体が硬くなる」
「本番になると普段のように歌えない」
ということがあるなら、まずは今日の記事の観察を試してみてください。
そして、もっと自分の身体の使い方を詳しく学んでみたい方は、アレクサンダーテクニークのレッスンという方法もあります。
免責事項
※本記事は、歌唱・発声・身体の使い方についての一般的な情報を提供することを目的としており、病気や発声障害の診断・治療を目的としたものではありません。
歌うときの痛み、声のかすれ、声が出しにくい状態、喉の違和感などが続く場合には、自己判断で対処せず、耳鼻咽喉科などの医療機関にご相談ください。
また、本記事で紹介しているアレクサンダーテクニークは、身体の使い方を見直すための一つの方法です。歌唱力の向上や特定の声の症状の改善を保証するものではありません。
参考文献
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