管楽器演奏者のためのアレクサンダーテクニーク:パフォーマンス向上ガイド

1章:アレクサンダーテクニークとは

1.1 アレクサンダーテクニークの基本原理

1.1.1 全体性の原則

アレクサンダーテクニークは、精神と身体は分離したものではなく、相互に影響し合う統合された全体として機能するという基本的な考え方を提唱しています (Alexander, 1923)。この「全体性」の原則は、人間の動作や反応を理解する上で不可欠であり、身体的な問題は局所的なものとしてではなく、全身の協調性の欠如として捉える視点を提示します。例えば、管楽器演奏における特定の指の動きのぎこちなさは、手や指だけの問題としてではなく、全身の姿勢やバランス、呼吸との関連性の中で理解されるべきであると考えられます。この全体観は、単に身体的な効率性を追求するだけでなく、心理的な状態や意図が身体の動きに深く関わっていることを示唆しています。

1.1.2 プライマリーコントロール

「プライマリーコントロール」は、頭部、頸部、脊椎の関係性を指し、アレクサンダーテクニークの中核をなす概念です (Jones, 1976)。特に、頭部が脊椎に対して自由に動き、適切なバランスを保つことが、全身の協調的な機能にとって重要であるとされています。この関係性が阻害されると、全身に不必要な緊張が波及し、呼吸や姿勢、動きの効率を低下させることが研究によって示唆されています (Gelb, 1987)。例えば、頸部の過度な緊張は、喉頭の動きを制限し、呼吸を浅くする可能性があります。プライマリーコントロールの回復は、これらの悪影響を軽減し、より自由で効率的な動きを可能にすると考えられています。

1.1.3 抑制(Inhibition)

「抑制」とは、習慣的な不要な反応や動きを意識的に差し控える能力を指します (Alexander, 1932)。これは、刺激に対して自動的に反応するのではなく、反応する前に立ち止まって考え、より意図的な選択をすることを意味します。管楽器演奏においては、例えば、特定の音を出す際に無意識に肩が上がってしまうといった習慣的な反応を抑制することが、より自由な呼吸や動きにつながる可能性があります。この抑制のプロセスは、自己観察と意識的な選択を通じて徐々に発達するとされています (De Alcantara, 1997)。

1.1.4 指向(Direction)

「指向」とは、より効率的で自由な動きを促すための意識的な指示を自分自身に与えるプロセスです (Alexander, 1923)。これには、「首を自由に」「頭を前かつ上に」「背骨を長く」「脚を地面から離す」といった具体的な指示が含まれます。これらの指示は、プライマリーコントロールをサポートし、全身の緊張を解放し、最適な姿勢と動きを促進することを目的としています。管楽器演奏者は、演奏中にこれらの指向を意識することで、楽器の保持や動きに伴う不必要な緊張を軽減し、よりスムーズで表現豊かな演奏へとつなげることが期待されます。

1.2 管楽器演奏における意義

1.2.1 不要な緊張の解放

管楽器演奏は、特定の姿勢の維持や細かい指の動き、呼吸のコントロールなど、身体に多くの要求を課します。これらの要求に応えようとする際に、演奏者は無意識のうちに多くの不要な緊張を生み出している可能性があります (Cacciatore, 1994)。アレクサンダーテクニークは、自己観察を通じてこれらの不要な緊張に気づき、抑制と指向の原則を用いることで、よりリラックスした状態での演奏を可能にします。この緊張の解放は、持久力の向上や動きの正確性の向上に寄与すると考えられています。

1.2.2 呼吸の改善

管楽器演奏において、効果的な呼吸は音色、音量、フレーズの表現に直接影響を与える非常に重要な要素です。アレクサンダーテクニークは、プライマリーコントロールの改善を通じて、呼吸に関わる筋肉群の不必要な緊張を解放し、より自然で深い呼吸を促します (Dennis, 1999)。研究によると、アレクサンダーテクニークのレッスンを受けた音楽家は、呼吸容量や呼吸の効率が向上する傾向が示されています (Valentine et al., 1995)。これにより、演奏者はより豊かな音色と安定した呼吸を実現できる可能性があります。

1.2.3 姿勢とバランスの最適化

管楽器演奏時の姿勢は、呼吸の効率、動きの自由度、そして身体的な負担に大きく影響します。不適切な姿勢は、特定の筋肉に過度の負担をかけ、痛みや動きの制限を引き起こす可能性があります。アレクサンダーテクニークは、全体性の原則とプライマリーコントロールの概念に基づき、重力との関係性を最適化し、よりバランスの取れた姿勢を促します (Alexander, 1923)。これにより、演奏者はより少ない努力で楽器を保持し、動きの自由度を高めることができると考えられます。

1.2.4 意識の向上と集中力

アレクサンダーテクニークの実践は、自己の身体感覚への意識を高め、無意識の習慣的な反応に気づく力を養います (Jones, 1976)。この意識の向上は、演奏中に起こる身体の緊張や動きのパターンをより客観的に捉え、必要に応じて修正することを可能にします。また、身体的な快適さが増すことで、演奏者は音楽そのものへの集中力を高め、より深い表現へと繋げることができるとされています (Garlick, 2004)。

2章:演奏における身体の理解

2.1 呼吸と演奏

2.1.1 呼吸のメカニズムと管楽器演奏

呼吸は、空気を取り込み、それを楽器を通して振動させることで音を生み出す管楽器演奏の根幹です。呼吸のメカニズムは、主に横隔膜と肋間筋の収縮と弛緩によって制御されます (Tortora & Derrickson, 2017)。横隔膜の下降により胸腔が広がり、肺の内圧が低下して空気が流入し(吸息)、横隔膜と肋間筋の弛緩により胸腔が狭まり、肺の内圧が上昇して空気が排出されます(呼息)。管楽器演奏においては、これらの筋肉群の協調的な活動に加え、呼気のコントロールが音の持続性、音量、音色に直接的な影響を与えます。例えば、安定した呼吸 (流れ)は、均一な音色と持続的なフレーズを生み出すために不可欠です。

2.1.2 効果的な呼吸を妨げる要因

管楽器演奏における効果的な呼吸は、様々な要因によって妨げられる可能性があります。不適切な姿勢は、胸郭の (拡張)を制限し、横隔膜の自由な動きを妨げます (Hodges & Gandevia, 2000)。また、演奏への過度な緊張は、肩や首、胸の筋肉を硬直させ、呼吸筋群の効率的な活動を阻害します (Cacciatore, 1994)。心理的なストレスや不安も呼吸を浅く、速くする要因となり得ます (Grossman et al., 2001)。これらの要因は、呼吸のコントロールを困難にし、音質の低下や演奏の不安定さにつながる可能性があります。

2.1.3 アレクサンダーテクニークによる呼吸改善

アレクサンダーテクニークは、呼吸の改善に対して、直接的な呼吸 (訓練)ではなく、全身の姿勢と動きの協調性を高めるアプローチを取ります (Dennis, 1999)。プライマリーコントロールの回復、特に頭部と頸部の自由な関係性を確立することで、呼吸筋群を含む全身の不必要な緊張が解放され、より自然で効率的な呼吸が可能になると考えられています (Gelb, 1987)。意識的な抑制と指向の実践を通じて、呼吸を妨げる習慣的な身体の使い方に気づき、それを手放すことで、呼吸の深さと自由度が増し、管楽器演奏における呼吸の質が向上する可能性があります (Valentine et al., 1995)。

2.2 姿勢とバランス

2.2.1 演奏時の理想的な姿勢

管楽器演奏における理想的な姿勢とは、重力に対して効率的に身体を支え、呼吸や動きを妨げない、バランスの取れた状態を指します。一般的には、脊椎の自然なS字カーブを保ち、頭部が脊椎の上に無理なく乗っている状態、肩がリラックスし、胸が開いている状態が推奨されます (McGill, 2007)。これにより、呼吸筋群が最大限に機能し、腕や指の動きが自由になり、身体への負担が軽減されます。しかし、「理想的な姿勢」は、楽器の種類や個々の身体構造によって異なるため、一概に定義することは難しいという側面もあります。重要なのは、自分にとって最も機能的で快適な姿勢を見つけることです。

2.2.2 バランスと身体の連動性

演奏時のバランスは、単に立っている、座っているという静的な状態だけでなく、動きに伴う動的なバランスも重要です。身体の各部位が適切に連動することで、動きはよりスムーズで効率的になり、不必要な努力を避けることができます (Hodges & Richardson, 1999)。例えば、指の細かい動きは、体幹の安定性と腕全体のサポートがあってこそ、より正確かつ最小限の努力で行うことができます。アレクサンダーテクニークは、プライマリーコントロールを基盤とした全身の協調性を重視し、身体の各部分が互いにどのように影響し合っているかを理解することを促します。

2.2.3 楽器の保持と身体への影響

管楽器の保持は、演奏者の姿勢とバランスに大きな影響を与えます。楽器の重量や形状、演奏時の角度などによって、身体には様々な力が加わります (音楽楽器のエルゴノミクスに関する研究が行われています)。例えば、重い楽器を特定の角度で保持し続けることは、首、肩、背中に負担をかけ、筋肉の緊張や痛みの原因となることがあります。アレクサンダーテクニークは、楽器の保持方法そのものを直接的に教えるのではなく、自分にとって最も努力の少ない、バランスの取れた状態を維持しながら楽器を持つ方法を探求することを支援します。これにより、楽器の重さや形状に適応し、身体への負担を軽減することが期待されます。

2.3 筋肉の協調性と不必要な緊張

2.3.1 演奏に必要な筋肉の活動

管楽器演奏には、呼吸筋、姿勢を維持するための体幹筋、指の細かい動きを制御する手指の筋肉、楽器を支える腕や肩の筋肉など、多くの筋肉群が協調して活動する必要があります (音楽家の筋電図に関する研究が行われています)。これらの筋肉群が適切なタイミングで、適切な強さで活動することで、効率的で 表現豊かな 演奏が可能になります。例えば、呼吸を持続させるためには、横隔膜の持続的な収縮と、呼気時の腹筋群の適切なコントロールが重要です。

2.3.2 無意識な過剰な緊張

演奏者は、より良い音を出そう、難しいパッセージをこなそうと意図するあまり、無意識のうちに多くの過剰な緊張を生み出していることがあります (Cacciatore, 1994)。例えば、 高音 を出そうとする際に、喉や顎、肩の筋肉を必要以上に緊張させてしまう、動きの際に全身が硬直してしまうなどが挙げられます。これらの不必要な緊張は、動きの自由度を制限し、呼吸を妨げ、持久力を低下させるだけでなく、怪我のリスクを高める可能性もあります。

2.3.3 アレクサンダーテクニークによる緊張の解放

アレクサンダーテクニークは、自己観察を通じてこれらの無意識な過剰な緊張に気づき、抑制の 原則を用いることで、 これらの緊張を手放すことを促します (Alexander, 1932)。また、指向を通じて、より効率的で動きを促すための意識的な指示を自分に与えることで、必要な筋肉は適切に働き、不必要な筋肉はリラックスした状態を保つことを目指します。例えば、「首を自由に」という指向は、喉や肩の緊張を解放し、呼吸を楽にする効果が期待できます。このプロセスを通じて、演奏者はより努力で、より 自由な で 表現豊かな 演奏へと近づくことができると考えられます。

3章:アレクサンダーテクニークの実践

3.1 セルフワークの基礎

3.1.1 抑制の練習

抑制(Inhibition)の練習は、刺激に対する習慣的な反応を意識的に中断することから始まります (Alexander, 1932)。例えば、椅子から立ち上がるという日常的な動作を行う際に、まず立ち上がるという意図に気づき、その直後に「首を自由に」「頭を前かつ上に」といった指向を自分に与え、習慣的な緊張や動きを差し控える練習を行います。このプロセスを通じて、自動的な反応に気づき、より意識的な選択をするためのスペースを作ります。管楽器演奏においては、例えば、特定の音を出す前に、無意識に身体が緊張するパターンに気づき、その緊張を手放す練習をすることが考えられます。

3.1.2 指向の練習

指向(Direction)の練習は、具体的な言葉を用いて、身体の各部位がどのように動くことを望むかを自分に意識的に伝えることです (Alexander, 1923)。基本的な指向には、「首を自由に」「頭を前かつ上に」「背骨を長く」「脚を地面から離す」などがあります。これらの指向は、日常生活の様々な場面で実践することができます。例えば、歩く際に「脚を地面から離し、前方に送り出す」という指向を意識することで、よりスムーズで努力の少ない動きを体験することができます。管楽器演奏においては、楽器を保持する際に「肩をリラックスさせ、腕全体で楽器を支える」といった指向を用いることで、特定の部位への過度な負担を避けることができます。

3.1.3 意識的な動きの実践

意識的な動きの実践とは日常的な動作や楽器演奏の動きを、抑制と指向の(原則)を適用しながら行う練習です。例えば、楽譜を読む、楽器を持ち上げる、呼吸をする、指を動かすといった一連の動作を、自分の身体の感覚に注意を払いながら、ゆっくりと意識的にに行います。このプロセスを通じて、無意識の緊張パターンや動きの癖に気づき、より効率的で努力の少ない動き方を身体で学習していきます。研究によると、意識的な動きの実践は、運動制御能力の向上に寄与することが示唆されています (Schmidt & Lee, 2011)。

3.2 演奏時の応用

3.2.1 呼吸への意識的な働きかけ

演奏中に呼吸への意識的な働きかけを行うことは、呼吸の質を向上させる上で非常に重要です。アレクサンダーテクニークの原則を応用すると、まず呼吸を妨げる可能性のある首や肩の緊張を抑制し、「胸郭が自然に広がる」「横隔膜が自由に動く」といった指向を自分に与えます。これにより、努力を伴わない、より深く自然な呼吸を促すことができます。演奏者は、フレーズの始まりや呼吸の瞬間ごとに、これらの指向を意識することで、呼吸のコントロールを高め、より音楽的な表現へと繋げることができます。

3.2.2 姿勢とバランスの維持

演奏中に理想的な姿勢とバランスを維持するためには、常に自分の身体の感覚に注意を払い、「頭が脊椎の上で自由ににバランスを取っている」「背骨が長く伸びている」「足がしっかりと地面についている(座奏の場合は坐骨が安定している)」といった指向を意識し続けることが重要です。楽器の重さや演奏時の動きによって、姿勢が崩れやすい瞬間を認識し、その都度、指向を用いて自分の状態を調整します。これにより、不必要な緊張を防ぎ、動きの自由度と安定性を保つことができます。

3.2.3 楽器との相互作用における身体の使い方

楽器との相互作用においては、楽器を単なる「物」として扱うのではなく、自分の身体の一部として、あるいは自分の動きの延長として捉えることが重要です。楽器を保持する際に、特定の部位に過度な力を加えるのではなく、全身のバランスと協調性を保ちながら、努力で支えることを意識します。「楽器が自分のバランスを崩さないように」「楽器の重さが自分の動きを制限しないように」といった意識を持つことが、より自由なで表現豊かな演奏へと繋がります。

3.3 練習とパフォーマンスへの統合

3.3.1 日常練習への取り入れ方

アレクサンダーテクニークの原則を日常練習に取り入れるためには、練習の始まりに数分間、抑制と指向のセッションを行うことが有効です。自分の身体の状態を認識し、不要な緊張を手放し、動きの自由さを意図します。練習中も、常に自分の姿勢や呼吸、動きの質に注意を払い、緊張を感じたら立ち止まって抑制を行い、必要な指向を自分に与えます。練習の終わりにも、身体全体の感覚を認識し、緊張が残っていないかを確認することで、学習した原則を身体に定着させることができます。

3.3.2 パフォーマンス前の準備

パフォーマンス前の準備においても、アレクサンダーテクニークの原則は非常に役立ちます。演奏直前に、静かな場所で数分間、抑制と指向のセッションを行い、心身の状態を落ち着かせ、自由でバランスの取れた状態を意識的に作り出します。楽器を持つ際やステージに立つ際にも、これらの原則を意識することで、緊張による身体の硬直を防ぎ、自分の最高のパフォーマンスを発揮するための身体的および精神的な準備をすることができます。

3.3.3 演奏中の意識の持ち方

演奏中は、技術的な側面に集中するだけでなく、常に自分の身体の感覚にも意識を向けることが重要です。呼吸が自由に行われているか、姿勢はバランスが取れているか、動きに不必要な緊張がないかなどを常にモニターします。緊張を感じたり、動きがぎこちなくなったと感じたら、即座に抑制を行い、必要な指向を自分に与えます。これにより、演奏の流れを妨げることなく、自分の状態を最適に保ち、音楽に集中することができます。演奏後には、自分の身体の状態を振り返り、どのような時に緊張が生じやすかったか、どのように対処できたかなどを分析することで、さらなる学びへと繋げることができます。

4章:パフォーマンス向上への応用

4.1 音質の向上

4.1.1 呼吸と音色の関係

管楽器の音色は、呼吸の質と密接に関連しています。安定した呼吸の流れは、均一で豊かな音色を生み出す基盤となります (Benade, 1990)。呼吸が浅く不安定だと、音色は細く弱々しくなりがちです。アレクサンダーテクニークは、呼吸に関わる筋肉の不必要な緊張を解放し、より深い呼吸を促すことで、呼吸の流れの安定性を高め、結果として音色の向上に貢献します。横隔膜や肋間筋群の自由な働きは、よりコントロールされた呼吸を可能にし、楽器本来の響きを引き出す助けとなります。

4.1.2 身体の自由さと響きの共鳴

身体の不必要な緊張は、楽器の振動を妨げ、音の共鳴を阻害する可能性があります (Porter, 1997)。例えば、肩や首の過度な緊張は、胸郭の自由さを制限し、楽器から生み出される振動が身体全体に響き渡るのを妨げます。アレクサンダーテクニークの実践を通じて、全身の緊張が解放されると、身体はより自然な共鳴体となり、楽器の持つ潜在能力を最大限に引き出すことができます。自由さな姿勢と動きは、音の伸びやかさや深みを増幅させる要因となります。

4.1.3 アレクサンダーテクニークによる音質の変化

アレクサンダーテクニークを実践することで、演奏者は呼吸と身体の使い方の効率性を高め、結果として音質に肯定的な変化をもたらすことが期待できます。研究 (Valentine et al., 1995) では、音楽家の呼吸効率の向上と音質の主観的な評価の改善が示唆されています。不必要な緊張が解放され、よりバランスの取れた姿勢で演奏することで、音の立ち上がりがスムーズになり、芯のある、力強い音色を生み出すことが可能になります。また、呼吸のコントロールが向上することで、よりニュアンスのある演奏表現も可能になります。

4.2 技術的な課題の克服

4.2.1 指の動きと身体の連動性

管楽器演奏における速いパッセージや細かい指の動きは、孤立した指の動きだけでは達成できません。全身の安定性と動きの協調性が不可欠です (Furuya et al., 2006)。例えば、指がスムーズに動くためには、手首、腕、肩、さらには体幹の安定したサポートが必要です。アレクサンダーテクニークは、プライマリーコントロールを改善し、全身の連動性を高めることで、指の動きの正確性、速度、均一性を向上させる助けとなります。

4.2.2 アタック、タンギングの改善

アタックやタンギングは、音の始まりを明確にし、音楽的なフレージングを形成する上で重要な技術的な要素です。これらの動作には、呼吸のサポート、舌、喉、口周りの筋肉の微細な協調性が求められます。不必要な首や喉の緊張は、これらの微細な協調性を妨げ、アタックの明瞭さやタンギングの連結性を損なう可能性があります。アレクサンダーテクニークは、これらの部位の緊張を解放し、より自由な動きを促すことで、アタックの正確さとタンギングの滑らかさを改善する可能性があります。

4.2.3 高音域、低音域のコントロール

管楽器の音域の両端である高音域と低音域のコントロールは、多くの演奏者にとって技術的な課題となります。これらの音域では、呼吸のコントロール、アンブシュア、身体のサポートがより繊細かつ正確に要求されます。不必要な緊張は、アンブシュアの柔軟性を損ない、呼吸の流れを不安定にし、これらの音域でのコントロールを困難にします。アレクサンダーテクニークは、全身の緊張を解放し、最適な姿勢と呼吸を促すことで、これらの音域におけるコントロールの安定性と質を高める可能性があります。

4.3 舞台表現と集中力

4.3.1 身体の使い方が表現に与える影響

舞台演奏において、演奏者の身体の使い方は、音楽的な表現に大きな影響を与えます (Davidson, 2005)。姿勢、動き、視線などは、音楽の感情や意図を聴衆に伝えるための重要な手段となります。不必要な緊張や硬さは、表現の自由さを制限し、聴衆との感情的な繋がりを弱める可能性があります。アレクサンダーテクニークは、身体の自由さとバランスを高めることで、演奏者がより自由に、より表現豊かに音楽を体現し、聴衆に伝えることを支援します。

4.3.2 集中力を高めるための意識

舞台上での集中力は、最高のパフォーマンスを発揮するために不可欠です。しかし、プレッシャーや緊張は、集中力を散漫にする要因となります。アレクサンダーテクニークは、自分の身体の状態への意識を高め、不必要な緊張を手放す訓練を通じて、精神的な静けさを促します。身体が自由で快適な状態にあると、演奏者は音楽そのものに集中しやすくなり、卓越したパフォーマンスへと繋げることができます。

4.3.3 舞台での自信と安定感

舞台での自信と安定感は、技術的な準備だけでなく、精神的な状態にも大きく左右されます。身体の不必要な緊張は、不安感を増幅させ、自信を揺るがす可能性があります。アレクサンダーテクニークは、自分の身体の使い方に対する信頼感を育み、緊張に対処する手段を提供することで、舞台上での安心感と安定感を高めます。身体の自由さとバランスが改善するにつれて、演奏者は自分の能力を自信を持って発揮し、音楽を喜んで聴衆と共有することができるようになります。

5章:さらなる探求

5.1 アレクサンダーテクニーク教師との連携

5.1.1 レッスンを受ける意義

書籍や資料からアレクサンダーテクニークの原則を学ぶことは可能ですが、資格のある教師から直接レッスンを受けることには、かけがえのない意義があります。教師は、あなたの身体の動きや姿勢の癖を客観的に観察し、言葉だけでは伝えきれない微細な感覚を手を使って導き出すことができます。個別な指導を通して、自分自身の身体の使い方の非効率性に気づき、より楽で自由な動き方を体験することができます。教師との対話は、理解を深め、疑問を解消する上で不可欠であり、自己学習だけでは到達できない意識のレベルへと導いてくれます。

5.1.2 教師選びのポイント

アレクサンダーテクニークの教師を選ぶ際には、いくつかの重要なポイントがあります。まず、認定されたトレーニングプログラムを修了し、資格を持つ教師であることを確認しましょう。認定団体に所属しているかどうかも、信頼性の判断基準となります。教師のウェブサイトや紹介文などを確認し、指導経験や専門分野、教授スタイルが自分に合いそうか検討することも大切です。可能であれば、体験レッスンを受けてみて、教師との相性やコミュニケーションの取りやすさを確認することをお勧めします。直感的に「この先生となら安心して学べそうだ」と感じられる教師を選ぶことが、継続的な学習の鍵となります。

5.2 今後の展望

5.2.1 アレクサンダーテクニークの可能性

アレクサンダーテクニークは、単に演奏技術の向上だけでなく、演奏者の身体的、精神的な幸福を高める多面的な可能性を秘めています。身体の緊張が解放され、より効率的な身体の使い方が身につくことで、演奏時の身体的な負担が軽減され、怪我の予防にも繋がります。また、自己認識が高まることで、演奏に対する不安やプレッシャーをより建設的に管理できるようになり、舞台での自信と安定感が増します。アレクサンダーテクニークは、演奏者としての持続的な成長をサポートする強力なツールとなり得るでしょう。

5.2.2 演奏者としての成長

アレクサンダーテクニークを学び、実践し続けることは、演奏者としての成長に深い影響を与えます。身体の自由さと効率性が向上することで、技術的な制限が減り、より自由に音楽を表現できるようになります。呼吸が深まり、身体全体が音楽と共鳴することで、音色はより豊かでニュアンスのあるものへと変化するでしょう。また、自分の身体と心の状態をより良く理解し、コントロールできるようになることで、舞台でのパフォーマンスはより安定した、より感情的なものへと進化するはずです。アレクサンダーテクニークは、生涯にわたる演奏者としての道を豊かにしてくれるでしょう。

引用文献一覧

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  • Benade, A. H. (1990). Fundamentals of Musical Acoustics (2nd ed.). Dover Publications.
  • Cacciatore, T. W. (1994). Kinematic and electromyographic analysis of arm movements during trumpet playing. Medical Problems of Performing Artists, 9(4), 115-120.
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  • Tortora, G. J., & Derrickson, B. H. (2017). Principles of Anatomy & Physiology (15th ed.). Wiley.

免責事項

この文書は、アレクサンダーテクニークに関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を目的としたものではありません。実践にあたっては、資格のある教師の指導を受けることを強く推奨します。本文書の内容に基づいて生じたいかなる結果についても、著者は責任を負いかねます。

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